くじらのすみかには、手紙が届く

アルバムに対して恋に落ちる、という感覚がある。
1枚の音楽アルバムの収録曲、その構成、ジャケットのアートワーク、歌詞、音楽性などなど、そのすべてがたまらなく愛おしく感じられるのである。
もちろん、このような感覚を抱いてしまう作品にはそうそう出会えるものではない。
およそ8年に及ぶ私のリスナー人生の中でも、10枚に満たない程度である。
言ってみれば、きわめて個人的な「アルバムの殿堂」のようなもので、一年に1枚あれば良い方である。

去年までに「殿堂入り」を果たした作品を列挙すると、

Kid A/Radiohead
Come Away With Me/Norah Jones
A World of Pandemonium/the HIATUS
English Rain/Gabrielle Aplin
Stay Gold/First Aid Kit
Tommorow Will Be Beautiful/Flo Morrissey
good morning/藤原さくら

以上の7枚のみである。
どれも素晴らしい作品なので、機会があれば是非とも聴いてみてほしい。


さて、それでは今年はどうだったのか。
なんと二枚のアルバムがこのリストに加わることとなった。
年に一枚あるかないかだったこれまでを考えると、大豊作である。

1つは、カリフォルニア出身のシンガーソングライター、Phoebe Bridgersのデビュー作“Stranger in the Alps”である。
年明け早々にタワーレコード渋谷店の試聴機で出会ったこの作品は、触れれば壊れてしまいそうな儚さで私に訴えかけてきた。

この作品についても語りたいところではあるが、今回の本題はこれではない。

今回の本題は(前置きが長い)、10月末に発売された、京都のバンドHomecomingsの最新作“WHALE LIVING”である。

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実はこの作品が発売されたとき、私は全く注目していなかった。はじめて聴いたのは発売から一週間くらい経ったときだった。
そして、その初聴きもあまり期待はしておらず、偶然Apple Musicで見つけたこのアルバムを冷やかし半分で聴いてみよう、という軽い気持ちであった。

私はこのバンドを前から知っていて音作りも好みだったのだが、どうしても無理して英語詞で歌っている感じがにじみ出ているのが苦手で好きになりきれなかったのだ。
今回もどうせ下手な英語詞で歌っているのだろう、ちょっと冷やかしてやれ、くらいの気持ちでアルバムを再生した瞬間、その思惑を大いに裏切られた。



なんと、あのHomecomingsが日本語で歌っているではないか!
まず私はその事実に感動してしまった。2014年にバンドが平賀さち枝というシンガーソングライターとコラボした楽曲「白い光の朝に」を聴いてからずっと待ち望んでいたHomecomingsの日本語曲が世に出たのだ。

聴き進めてゆくと、収録曲10曲中、7曲が日本語詞だった。2曲はインスト(歌詞なし)曲、英語詩の楽曲はラストの“Songbirds”のみだった。
そして私が思っていた通り、日本語の方が音がすんなりと耳に入ってきて、英語詞の違和感と比べて聴きやすさが格段に上がっていた。

日本語のアルバムが出たという点だけでも素晴らしいが、この作品について語るべき点はまだある。
続いてアルバムの構成について語りたい。

このアルバムの収録曲は以下の10曲である。

1. Lighthouse Melody
2. Smoke
3. Hull Down
4. Parks
5. So Far
6. Corridor (to blue hour)
7. Blue Hour
8. Drop
9. Whale Living
10. Songbirds

1は2分37秒の短い詩のような曲で、アルバム全体のコンセプトを提示しつつ本編への期待を高揚させる、イントロのような役割を担っている。
そのイントロを受けて2,3,4とバンドサウンドの曲が続く。
弾き語り曲の5は小休止と転換点の役割を果たしており、これ以降はアルバムの後半戦となる。

後半戦は、テンポ良く曲を続けてきた前半戦とは趣が少し異なる。
タイトルを見ればわかるように、6は7のイントロに相当する曲となっている。5と7の間に6を挟むことにより、7が始まった瞬間の高揚感が演出されている。
同様に、8はインストの挿入曲であり、タイトルトラックでストリングスのアレンジが美しい9への潤滑な接続を促している。

そして、ラストに来るのが先行シングルであり唯一の英語曲である10である。
ここまで従来とは異なる日本語詞の曲が続いてきた後に懐かしい英語曲を配置することによって安心感のあるエンディングを演出している。この曲を入れるならラストしかないだろう。
そして、“Songbirds”を聞き終わったらまた1の“Lighthouse Melody”に戻りたくなってしまうのだ。

全10曲が最高の形で配置されている、素晴らしい作品である。

とはいえ、文字だけ読んでもさっぱりわからないだろうから、ぜひ聴いてみてほしい。
私の音楽のセンスを信じる人間全員に聴いてほしい。聴けばわかる。

かなり長くなってしまったが、最後にこのアルバムの世界観を象徴する“Lighthouse Melody”の歌詞を紹介して終わりにしたい。


航海の小舟が水面を揺らせば
恋人の窓辺に風が吹いて

月からの光がそこまで届けば
海底のランプが火を灯す

灯台の明かりが岬に指すころ
くじらのすみかには
手紙が届く